目立つ派手な格好をして特に女性と子どもに目を惹くように歩く

広告業の一種であるチンドン屋のルーツは江戸時代の飴屋だった

東西屋のルーツをたずねると、江戸時代の飴屋に行きつく。紙芝居もチンドン屋も元をただせば飴売りだというところに広告業の特質が示されている。女、子供相手というのがその本来の性格なのである。昭和4年に出版された大塚政農氏の著書「広告政策」のなかに「日本広告史」の1章があり、東西屋の起源を次のように述べている。東西屋呼売広告の1種に東西屋なるものがある。

其始源を探ねると弘化2年大阪千日前新金比羅前に傳安という若者があった。飴売りが本職で飴勝と呼ばれて居た。此の飴勝が竹でガラガラ鳴るものを製りて之を鳴らしながら「早う来たら堅うない」と呼び歩いて飴を売って居た。當時寄席講釈の広告は普通に市中の辻々にある御番所の門に貼って居たが之が禁止となると寄席では広告機関を失い困って寄席に交渉して広告を初め、短い法被に大笠を冠り草鮭に脚絆の扮装で帯は丸グケを後で高く結び、之に大きな鈴を附け拍子木の房として切藁をぶら下げ市中を触れ廻り「今日、ほうほう早う来たら早う面白い」と呼びながら廻って大評判を博した。

此の披露目式広告も印刷の発達とともに、今迄道化的の人目を惹き易き服装をした者が口上の代りに印刷物を配布する様になったが大阪にては依然この口上披露が多かった。東西屋というのは、行商人が往来に立って物を売るときの口上の型式として「トウザイトウザイ」とはじめたことからきているわけで、口上専門のひろめ屋が後に印刷物を配布するようになっても呼名がそのまま残ったことを意味している。それが大正の末から昭和期にチンドン屋となり、又折込業者に転化していくわけである。
地域でやっているチームでフットサルユニフォームを作りました。みんなで同じユニフォームを着ていると、なんだかそれだけで一体感があがり、嬉しくなって練習しているのも楽しいです。
今度大学の文化祭でたこ焼きの屋台を出すことになった。多くの人にきて欲しいからチラシも工夫しないとなぁ。「販促 チラシ」でネットで調べてみたら色々コツが書いてあったし、これを参考にしよう。


しかし戦後大企業が大衆商品をつくり出し、商業放送という新しい広告媒体が発足するに及んで、広告主が広告媒体をフルに活用する資料として媒体部数をはっきりさせるのが業界必須の課題となり、新聞の部数公査の制度化が実現したのである。

発行部数が公表されず、料金はケースバイケースということになれば、交渉に当たる広告代理業の仕事は勢いこの料金交渉=単価の折衝が中心となる。広告代理業の仕事は単価の折衝が中心で、この間の商売の駆引きがたいへんであった。新聞社に対しても広告主に対しても虚々実々のやりとりで値段の競争をやっていたと電通の日比野元社長は語っている(「ABC20年の歩み」)。こうした長い習慣は一度に拭い去ることのできるものではなく、部数や料金は今日の問題として引継がれている。
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